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東京高等裁判所 昭和53年(ラ)1092号 決定

抗告人 丙川冬人

右代理人弁護士 竹澤京平

同 山下奉重

相手方 丙川雪江

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨は、「原審判を取り消し、本件を東京家庭裁判所に差し戻す。」との裁判を求めるというのであり、その理由は、「抗告人には原審判の理由中に記載されているような収入がないから、原審判は失当である。すなわち、原審判は、抗告人が月額五〇万円程度の事業収入を挙げているとしているが、抗告人の営んでいる不動産業は不況のあおりを受けて業績が挙がっておらず、このことは公知の事実である。抗告人は、現在月額三二万円ないし三三万円の収入を得ているが、その中から相手方の養育している子供の学費、国民健康保険料、相手方居住の土地建物についてのローン、火災保険料、固定資産税等を支払っており、その支出額が月額平均約一二万円となるので、約二〇万円しか手もとに残らない。この残額から毎月一五万円を相手方に支払うことになれば、抗告人の生活は全く成り立っていかなくなる。」というのである。

しかしながら、当裁判所は婚姻費用の分担として抗告人に対し昭和五二年七月一日以降月額一五万円の支払を命じた原審判は正当であると判断するものであって、その理由は次のとおりである。

一  記録によると、次の事実を認めることができる。

(一)  抗告人と相手方は、昭和三八年三月二六日ころから同棲し、同年九月九日婚姻の届出をした夫婦であり、その間に長男一也(昭和三九年七月五日生)、二男英二(昭和四二年二月一三日生)、三男圭三(昭和四六年一月一二日生)をもうけたが、昭和五〇年一月三〇日から別居するに至り、以後相手方が三人の子を手もとに置いて養育している。

相手方は、これより先の昭和四九年一二月二八日抗告人を相手方として東京家庭裁判所八王子支部に夫婦関係調整の調停を申し立てたが、その調停が昭和五〇年一一月一一日不成立で終了したので、同年一二月一一日抗告人を被告として東京地方裁判所八王子支部に離婚等を求める訴訟を提起し(同庁同年(タ)第一一〇号事件)、その訴訟は同庁に係属中である。また、現在(昭和五三年一二月)、長男一也は私立T学園の中学二年生、二男英二は同学園の小学六年生、三男圭三は公立小学校の二年生である。

(二)  抗告人らは、昭和四三年一〇月ころ相手方住所地の宅地二筆一九九・三四平方メートルを購入し(抗告人名義に登記)、その上に木造瓦葺モルタル塗二階建居宅一棟を建築して(未登記)、昭和四四年七月ころからこれに居住した。次いで、抗告人は、昭和四五年七月八日東京都杉並区○○×丁目×番×号に本店を置いて、不動産の売買仲介等を目的とするS株式会社を設立し(代表取締役抗告人、取締役相手方)、その後、同都世田谷区○○×丁目××番××号所在の宅地四一・三〇平方メートルを購入して、その上に木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建事務所兼店舗一棟を建築し(いずれも同会社名義に登記)、昭和四九年八月一五日同会社の本店を右に移転するとともに、会社の目的に飲食業及び青果業を追加し、相手方が右建物の二階でスナック「K」を経営するようになった。また、抗告人は、昭和五〇年四月五日右S株式会社と同じ場所に本店を置いて、不動産の売買仲介等を目的とする有限会社Fを設立し(代表取締役抗告人)、右建物で営業をするようになった。

(三)  抗告人は、かねてから丁田月子と情交関係を重ねてきたが、相手方が昭和五〇年一月抗告人のもとを出て同都世田谷区所在の実家に身を寄せると、その後間もなく右丁田月子を引き入れてこれと同棲し、次いで、同年八月ころ同女とともに同区内のGマンションの一室(賃借人名義同女)に転居した。そして、抗告人は、昭和五二年四月神奈川県足柄下郡湯河原町所在の温泉付マンションの一室(八階部分三〇・九六平方メートル)を購入し、これを利用している。

(四)  相手方は、昭和五〇年一月抗告人から暴力を振るわれ、それ以来三人の子とともに実家に身を寄せていたが、抗告人らがGマンションに転居した後、三人の子を連れて現住所の居宅に入居し、現在に至っている。

相手方は、抗告人から三人の子の学費等の援助を得ていたが、生活費として右学費を含め月額約二〇万円を要するので、相手方自身が商品のセールス等をして月額五ないし六万円の収入(歩合制)を得ても、これを賄い切れず、実家の両親から不足分の援助を受けている。

(五)  抗告人は、昭和五一年分の所得税の確定申告において三八五万円を計上しているが、前記S株式会社と有限会社Fを経営し(実質的には抗告人の個人企業と見られる。)、月額約五〇万円の利益を挙げている(抗告人は担当の家庭裁判所調査官に対しそのように陳述していたのであって、同額程度の収入を得ているものと認める。)。

他方、抗告人は、同人名義で購入した前記土地(相手方住所地)の割賦払金、生命保険料、国民健康保険料、固定資産税、長男一也及び二男英二の授業料等として月額約一三万円を支払っているほか、前記会社名義で購入建築した土地建物の割賦払金を支払ってきた(資料によると、昭和四九年四月一一日借受の五〇〇万円につき昭和五二年五月まで元本月額一四万円の割賦払、昭和四九年九月二四日借受の三〇〇万円につき昭和五三年一月まで元本月額七万五〇〇〇円の割賦払の各約定による支払がなされた事実を認めることができるけれども、右各借受金の使途は判然としていない。)。

二  右の事実に照らして考えるに、相手方は抗告人を被告として離婚訴訟を提起し、その訴訟は現に係属中であるが、抗告人が相手方をして別居に追いやった事情等から見ても、婚姻が継続している限り、抗告人は相手方に対し婚姻費用の分担として金員を給付すべき義務があるものというべきであり、その分担額は、抗告人の資産・収入・諸経費等と相手方の収入・養育費(学費を含む。)を含む生活費等とを比較考量し、かつ、双方が同一程度の生活を維持するに足りる額であるべきこと等諸般の事情を考慮すると、月額一五万円を下らないものとするのが相当である。

また、抗告人が当審において提出した資料によると、抗告人は、二男英二の授業料等を昭和五三年一〇月分まで直接前記T学園に支払った事実を認めることができるけれども、原裁判所が、分担金支払の始期を昭和五二年七月一日と定めて、月額一五万円(その説示に照らし、三人の子の学費を含む養育費を含むものであることが明らかである。)の支払を命じた判断は、右授業料等の支払後の現在においてもなおその全部につき正当であると見るべきであり、抗告人が右起算日以後において出捐した金員については、後日相手方との間で清算すれば足りるものというべきである。

三  したがって、抗告人の本件抗告は理由がなく、失当であるから、これを棄却し、抗告費用を抗告人に負担させることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 長久保武 加藤一隆)

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